鑑賞記録:ジョン・キャメロン・ミッチェル『パーティーで女の子に話しかけるには』

映画館を出る時に、なんかすごいものを観てしまった・・・・・・

という感覚になって今までうまく言葉にできなかったのだけれど、

時間も経ったので、なんとか鑑賞記録として残しておくことにする。

 

舞台は1977年のロンドン。パンクに夢中のエンはライヴの帰りに

どこからともなく聞こえてくる音楽にひかれて友人達とある家にたどり着く。

そこでは奇妙な姿をした人々が不思議な音楽とダンスを繰り広げていた。

応対したステラと名乗る女性の話から、アメリカ人達が開くパーティーと思った彼らは

女の子目当てに家に上がり込み、パーティーに加わる。

エンはそこで出会ったザンに惹かれるが、実は彼女は宇宙人で48時間後には

地球を離れなければいけないという。

あらすじにすればこんな感じか。

 

タイトルはボーイ・ミーツ・ガールものな感じで安心して観れそうだけど、

パンクとSFというエッセンス、というかスパイスがかなり効いているので、

卑猥な表現が苦手とか、ほのぼのと穏やかな感じを求める人には向かないと思う。

でも、見終えたら間違いなくボーイ・ミーツ・ガールだと感じる映画。

主人公がパンク好きの少年とあって、パンクロックやファッションも楽しめるが、

個人的には宇宙人たちの強烈さに目が行ってしまい、そちらの印象の方が強い。

(昔のSFものに出てくる宇宙人のような、チープで時代を感じる格好が

何かを思い出させるんだけど出てこない・・・・・・。)

皆で外に出る時はユニオンジャック柄のフード付きコートを着たりするなど、

宇宙人たちのファッションは地球の文化をそれなりに学習した上でのもののようで、

そのはずなんだけど違和感を感じさせるところが宇宙人らしさになっている。

 

全員が黄色い衣装に身を包み、individuality(個性の尊重)をモットーとする

PT(ペアレントティーチャー)がまとめる第4コロニーに属するザンだが、

彼らに許されたのは「観察」のみで、接触が許されていないことに

ザンは不満を持っている。

(エンたちを引き入れたステラのコロニーは限定的だが接触が許されている。

そのためエンの友人ヴィクと性的行為も行う。ちなみにテーマカラーはオレンジ)

自由を求める自分の姿勢を「パンク」と評したエンに、もっとパンクを教えてと

ザンはコロニーを飛び出し、エンとともに自由を満喫する。

エンとともにパーティーにいた友人は、ザン達はカルトなアメリカ人だと思っている。

ディスコーズというバンドをプロデュースするボディシーアは、

ザンの話から彼女をアメリカのパンクシンガーと思い込みザンをステージにあげる。

そこでザンは自分たちの種族の歴史を歌にする。

生きたまま食べてマミー!と叫ぶ彼女の過激な歌に観客たちも熱狂する。

実は旅の終わりにPTに食べられるのが彼女たちの決まりなのだという。

この決まりが物語の行方を左右する。 

 

PTが子供達を食べるのは第1コロニーのPT(種族全体のリーダー)が決めたこと。

この宇宙に自分達しか存在しないと思いあがり増えすぎた愚かな過去から、

コロニーの人口を抑制するために子供達を食べることにしたという。

(しかも最終的には全ての子供を食べて種族を終わらせるつもりでいる。)

この理由がなんとなく古臭い世界設定に思えてひっかかるのだけど、

まあ、自分たちは勝手に増えておいて子供を食べる(=子どもの未来を奪う)

ことで解決しようとしている身勝手な大人というわかりやすい構図にはなった。

 

コロニーを抜けて自由に行動するザンとその妊娠が引き金になり、

子供達を食べるという決まりについてPTの間でも賛否が揺れ始める。

ザンのPTは彼女の追放を阻むため、また子供を食べる習慣の廃止のため、

ザンが子供を産めば彼女も新たなPTとなり、

合議に加わる資格が生まれると主張する。

(つまり子供を食べる制度を廃止するか否かの決議にも参加できるようになる)

問題は、子供は地球で産むことはできないということ。

このまま子供を産まず地球に残ればエンといつまでも暮らせる。

地球を離れ子供を産めばPTになることができるし、

子供達はPTに食べられるという決まりを止めることもできる。

地球に残るか、コロニーに戻るか、ザンの選択に全てが委ねられる。

 

仲間を救える可能性が手に入るという時点で、

ザンがどちらを選ぶかはわかったようなものだ。

その選択の前にエンは無力だった。

奇しくもザンはindividualityを体現したのだ。

エンはエンのザンはザンの道を歩む。

 

これは余談。

ニコール・キッドマン演じるボディシーアは面白いキャラクターだった。

(彼女の存在感に比して活躍が中途半端でもったいない気がする。

主役じゃないから仕方がないんだけど。)

ボディシーアは母になること諦めた女性だ。

本人の言葉によれば12回も堕胎している。

(その犠牲を払ってすべてをかけたはずの仕事には報われないが。)

ザンを救いに宇宙人たちのもとに向かった時、

ステラの力(多分性的な感情を利用するもの)がボディシーアに通じないのは

彼女が女であることを捨ててしまったから。

でも、ボディシーアはバンドを育てるという形で次世代を育てているのだと思う。

そう考えると、ステラが子供を食べた後に虚しい気持ちになると

ボディシーアに吐露するのも面白い。

子供を産んでも食べてしまえば何も残らない。 

親と子の関係というのもこの映画のテーマの一つだと思う。