ダニー・ボーイと別れの話

録画していた「クリスマスの約束2017」を観ていたら

終盤でダニー・ボーイが歌われた。

聴いていたら途中で涙があふれてきて

今でもその気分を引きずっている。

番組では「戦争に家族を送り出さなければならないやりきれなさを歌った歌」

として紹介されていたけれど、自分が泣いたのはそこではない。

 

ダニー・ボーイの後半の歌詞は

ダニーが帰ってきた時、私は既に死んでいるだろうという想定になっている。

もし私が死んでいたとしても、埋葬されている場所を探してやってきて

ひざまずいて別れの言葉をかけてくれるだろうこと

私にはその時の静かな足音も聞こえるし

私を愛していると言うならばその墓所は温かく優しい空気になるだろうこと

ダニーがやってくるまで私は安らかに眠り続けるだろうこと

そうした待つ思いを歌っている。

 

自分が思い出したのは帰省を終えて実家を発つ時の情景だ。

高齢の祖父母にとってそれは今生の別れのようで

いつも目に涙を浮かべていた。

死に目には会えないだろうなあという言葉を何度聞いたことか。

いやいや次に帰って来る時まで元気でいてよと応えていたが

それはこちらの勝手な希望であったことを

祖父の死で思い知ることになる。

祖父の臨終には間に合ったけれど意識は既に混濁状態だったから

自分が帰ってきて側にいるとわかっていたかどうかは怪しい。

もしかしたらまだかまだかと待ち続けていたかもしれない。

倒れる数日前に祖父が気にしていたのは自分の次の帰省のことだったから。

 

ダニー・ボーイを聞きながら、

別れに際して祖父母はいつもこんな気持ちだったのだろうかと

歌詞が突き刺さってくるような気がした。

 

それともう一つ。

自分には子供がいない。

そんな自分が死んだあと、墓に会いにくるダニーのような存在はいない。

(甥や姪はいるけどどうだろうな)

死んだら死んだ後のことなんて気にならないよというかもしれないが、

なんとなくそれはそれで寂しい気もした。仕方がないけど。

だからなんというか、誰か会いに来てくれる人がいるといいなと

自分の葬式にはダニー・ボーイをかけてほしいなと思った。