時が死を受け入れるまでに注意すること

悲しみは時が癒してくれるとよく言うけれど、

その「時」がどれだけかかるかはわからない。

その間に注意すべきことは自分の精神状態だ。

 

自分の場合はどうかというと、要注意状態にある。

薄々感づいていたことだったが、周りの人間に言われてはっきりと自覚した。

喪のプロセスをきちんと辿らないと、病気になりかねない状態なのだと。

 

当の本人は、ここしばらく、とても好調だと思っていた。

意欲的というか、エネルギッシュというか、疲れ知らずというか、

とにかく次々と仕事を片付けることができて問題ないと。

でも、周りから見ればそれは不自然にハイテンションで

頑張りすぎているとしか言えないような状態だった。

このままだと反動で動けなくなるから、その前にセーブしろ。

というのが共通の見解で、医者にも同じことを言われた。

 

最初は、何言ってるの?と反発すら覚えたけれど、

祖父が亡くなる前の状態と今の状態とを比べてみると、

確かに異常に働きすぎていることがわかってきた。

多分、祖父のことを考えまいとして、過剰に動いていたのだ。

夜に寝付けなかったり、途中で目覚めたり、目覚ましより早く起きたり、

睡眠に変化が出ていたことも、思い当たる節の一つでもあった。

 

今の状態がそのまま病気というわけではない。

ただ、今の状態が続くようであれば危ないと。

 

死を受け入れるにはいくつかの段階を必要とする。

嘆き悲しむことも、時には自分を責めることも、

ショックから立ち直るために必要なことなのだ。

無理矢理気持ちを押し込めるのではなく、

自然と悲しみより前向きな持ちが強くなるまで、

自分の気持ちに向き合いながら生活することが大事だ。

 

そんなことを考えて久しぶりにブログを書くことにした。