【駄文注意】リップ・ヴァン・ウィンクルからの連想

お前の各文章はいつも駄文だろうという声が聞こえてきそうですが、

クリックする手間を省いてもらおうと一応注意喚起はしておきました。

 

図書館で本を借りた。一冊は『夏への扉』もう一冊は『漱石先生ぞな、もし』

まったく無関係の二冊だけれど、偶然にもある人物名が出てきた。

リップ・ヴァン・ウィンクル

こういう偶然に自分は意味を見出そうとする傾向がある。

リップ・ヴァン・ウィンクルが何かの符牒なのではないかと。

馬鹿げた考えだけれど、そう思ってしまうのだから仕方がない。

 

最近この単語に触れたのは、岩井俊二の映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』

黒木華は可愛かったし、Coccoは懐かしく存在感があった。

美しい音楽と映像。でも好きになれない映画。

現実と虚構の境がなく不安定になる。

 

もともとリップ・ヴァン・ウィンクルとは、

ワシントン・アーヴィングの小説に出てくる人物。

狩りに出たら不思議な男たちと出会い、ともに酒を飲んだ後眠ってしまい

気が付いたら20年の歳月が過ぎ去っていたという。

おとぎ話のような話。

 

夏への扉』は冷凍睡眠をして30年後の世界に目覚めるから、

意図してかせずにかの違いはあるが、例えとして出てくるのはわかる。

ここまでなら気にも留めなかったのだけれど、

まさか同時に借りた本の中にも出てくるとは思わなかった。

不思議なのは、この単語が得体のしれない不安感を引き起こすことだ。

他の人はきっとそんなことはないだろう。

 

20年という歳月を考えてみよう。

子供が大人になるその年月は、かつての自分には気の遠くなるような未来だった。

けれど、今では過ぎ去った20年は重くのしかかってくる。

思い起こせば夢のようで現実味がなくて気付けば過ぎ去ってしまっていた年月。

年ばかり取ったけれど成長のない自分にとっては恐ろしい時間の流れ。

気が付けば20年経っていて一人取り残されたリップ・ヴァン・ウィンクル

自分に大きな違いはないような気がしてくる。

時代に取り残された人間。

それがリップ・ヴァン・ウィンクルなのだから。