父母いませば遠く遊ばずとは言うものの

子曰、父母在、子不遠遊、遊必有方 (『論語』巻第二 里仁第四) 

 

両親が健在なうちには遠方に旅をしないようにして、

旅に出るとしても行き先を確かなものにしておくべきだ

とでも訳せばいいだろうか。

遊=遊学ととれば、親元を離れた大学に進学し、

そのまま地元に戻らなかった自分などは、

この教えに反した親不孝者ということになるだろう。

(まあ、居場所は確かにしているから「必有方」は果たしている)

しかし、人として成長する過程で親に何かしらの反発を抱き、

勧められた進路から外れるというのはよくある話で、

自分もそういう人間の一人だったまでだ。

後悔などしていないつもりだが、ふと冒頭の言葉を思い出したのは、

両親に対してというより、亡くなった祖父に対する後ろめたさだろう。

大学四年間の課程を終えさえすれば地元に戻ると信じていたのに、

その願いを裏切ってしまったのは他でもない自分だ。

直接何か言われたことはないが、失望させてしまったのは間違いない。

年に数日の帰省と、申し訳程度の手土産では贖えなかったと思う。

生きているうちにもっとできることがあったはずだと考えるのは、

大切な人を亡くしたものなら考えてしまうことだろう。

もう忌明けも近いというのにぐるぐると考えてしまう。

 

同じく里仁第四には次のような言葉もある。

 

子曰、父母之年、不可不知也、一則以喜、一則以懼

 

両親の年は知っておかなければならない、一つにはそれをもって喜び、

一つにはそれをもって心配するのだ。

とでも訳そうか。

生きているということを喜び、かつその老い先を案じる心持。

これもまた父母のことだけど、祖父母にも言えることだと思う。

 

論語 (岩波文庫 青202-1)

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鑑賞記録:小津安二郎「麦秋」

28歳の女性の結婚話を軸に、ある家族の姿を描いた作品。

以下、だらだらと書くだけなので精緻な映画評を求めている方はお帰りください。

 

今日日、28歳で会社勤めで独身の女性など珍しくないけれど、

1951年当時の価値観の下では「売れ残り」と揶揄される対象です。

親も兄も我が家の最大の懸案事項みたいな感じで心配しているし。

今なら職場の上司が部下の女性に「売れ残り」なんて言えないでしょうが、

ともあれ、「売れ残り」とか言いつつ上司も心配してか縁談を持ってきます。

この縁談を良さそうな話じゃないかと家族も最初は喜ぶのですが、

途中で相手の年齢が42とわかって母親と義姉は戸惑いを見せます。

兄も贅沢は言えないというのですが、とにかく家族の心境は複雑です。

当の本人はというと、戦死した兄の友人だった男性との結婚を突然決めます。

しかし、これもまた家族を複雑な気持ちにさせるのです。

というのも、その男性には死別した妻との間の子供がいるということで、

28歳とはいえ初婚なのだから、何も子持ちの男性に嫁がなくてもというわけです。

まあ、義理の子供がいると先で苦労するんじゃないかという心配からですが。

しかも、男性は秋田への赴任が決まっていて、それもまた気がかりと。

なかなか家族から見て申し分のない相手というのはいないものですね。

 

後に本人が言うには、42歳まで独身でぷらぷらしていた男よりも、

子供がいる男性の方がむしろ信頼できるということですが、

恐らくは、戦死した兄の友人だったというのが大きいのだと思います。

面白いのは、この結婚は男性との間ではなく、

男性の母親との間で決めてしまったところでしょうか。

「あなたみたいな人にお嫁さんに来てほしかった」と言われて

「私でよければ」と応えて話が進んで、男性は事後承諾みたいな。

本人同士で恋愛感情が盛り上がって結婚を決めたわけではないのです。

後に友人から「恋ね」と冷やかされた時にも、女性は「恋」ではないと否定します。

戦死した兄の友人ということで、兄を通じての付き合いはあったわけですから、

その時点でお互いに好意はあったかもしれませんが、そこは括弧にとじられています。

 

また、女性の結婚が決まったところで、家族は大きく変わることになります。

これまでは、両親・長男家族・独身の娘の7人という大所帯でしたが、

娘は前述のように結婚して秋田へ行くことになりますし、長男は独立し、

両親は隠居して生まれ故郷に戻ることにし、家族は離れ離れになるのです。

娘の結婚というめでたいはずの出来事が、実はこれまでの家族の形を

崩す引き金になるというのは切ないものです。

お互いが別々に暮らすことについて語るとき、結婚を決めた女性が

こらえきれずに泣き出すシーンがあるのですが、

彼女は結婚しないことで、家族を一つにしている自覚があったのかもしれません。

父親が、戦死した息子の死を受け入れられないでいるように、

この家族は、どこかで変わらないことを願っていたのではないでしょうか。

 

それにしても、結婚が決まった後の友人との会話で「秋田なんかに行くの?」

みたいな感じのところは秋田県の人はどう感じるんでしょう。

秋田に行ったらもんぺをはくのよ?とか秋田の言葉なんかしゃべれるの?とか、

軽い秋田disが入ります。

まあ、東京の人間からしてみたら東京以外のところは皆僻地扱いでしょうから、

今回はたまたま秋田だっただけでしょうが。

 

ともかく、今日日云々と書きましたが、この結婚を巡る家族の話は

今でも興味深いと思います。

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夢に死んだ人が出てきたら

それは無事に成仏したということだと小さいころ祖母に教わった。

四十九日を迎えていないけど、例えば浄土真宗では

亡くなったときに即座に阿弥陀如来が救って下さると教えているらしいし、

これらの考えに従えば、祖父も無事に成仏できたということになるのか。

夢の中で祖父は、何か確かめたいことがあったらしくて

自分が答えるとそうかと言って自分の部屋に戻っていった。

質問の内容までは覚えていないけれど本人が納得したのならいいか。

夢の中でのように、本当に会って話したいけれどそれは無理な話で、

納棺の時に冷たさも感じたし、お骨も拾ったというのに、

いまだに死んだことこそが夢じゃないかと思ってしまう自分には、

ともかく、夢に出てきたということは成仏したんだなと思うと

いくぶん気持ちも穏やかになるというものだ。

きっとこう考えることで昔の人も悲しみを癒していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

死んだときにしてほしいことを考えておく

争いが起きるような財産もなく、そもそも残すべき子供もいないから、

遺産相続に関わる遺言状というほどのものは書く必要はないのだけれど、

とりあえず、死んだときこうしてほしいということは残しておきたい。

そのための準備として思いついた順にメモ。

  1. 死んだことを伝えてほしい人のリストを作っておく(アドレス帳を一冊用意)
  2. 葬式は特にしなくていいけど、遺影にする写真を考えておく
  3. 古本募金に出す本と、譲る本、捨てる本を分類しておく(おおまかで可。譲る本は相手をアドレス帳にメモするか)
  4. CDは好きに分けて、あとは売ってもよし
  5. 服とか身に着けるものは全部処分

いざ書いてみると、あまり思いつかない。基本的に物は処分してもらえばいいや。

銀行とか電気ガス水道住居の手続きとかは書き残さなくても対処してくれるだろうし。

問題はネット上のアカウント。はてな上で交流のあった人とかにも知らせるのかとか。

SNSのアカウントをいちいち削除することまで頼んでいいものか、これは悩みどころ。

まあ、余裕があったらお願いしよう。

この無益なブログも消す方向で。

 

 

いつ死んでもいいように部屋を片付ける

死んだときに部屋を見られても恥ずかしくないように常に部屋を綺麗に片付けている

という同級生が中学の時にいた。(彼女が今でもそんな心がけで生きているのかは謎)

片付けが苦手で散らかし放題の部屋で生活していた自分にとって、それは驚愕の発言で、

確かに突然死んでしまった時に、あの部屋が残るのかと思ったら恥ずかしくなったのを思い出す。

今でも片付けが苦手なのは変わらないのだけど、祖父の死が心境の変化を起こしたのか、

最近は時間ができると部屋の片づけをするようになった。今日も朝から本棚の整理を始め、

たまった書類を要・不要に仕分けたりと、とにかく身の回りを整理したい気持ちが湧いてくるのだ。

自分が死んだらどう処分してほしいか、遺書みたいなものもできれば用意しておきたいと思っている。

(こういうことをする人間ほど長生きしそうな気もする)

亡くなった祖父は物に執着しない人だったし、趣味もなかったから、

身の回りの物以外は何も残さなかった。

ただ、倒れて意識を回復した後でも話すことはできないままだったので、

言い残したことはあったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読書記録『ティンブクトゥ』

犬が主人公の面白い小説なんだよと友人に薦められて読んだ。

これを読み始めたときは、祖父が肺炎に侵されていることなど知る由もなかった。

主人公は肺を病んで先行き長くない主人に寄り添う犬という設定のため、

祖父を亡くした今は、好んで手に取ろうとは思わない本になってしまった。

祖父は放浪の詩人ではないし、自分も犬ではないとはいえ。

 

そんな自分の感傷は横において、とりあえず読書記録を。

先に書いたように、主人公は犬で名前はミスター・ボーンズという。

肺を病み死期も近い放浪の詩人ウィリーに寄り添うミスター・ボーンズ。

問題は主人であるウィリーが亡くなった後、彼がどう生き抜いていくかだ。

彼は「世界からウィリーを引き算してしまったら、おそらくは

世界自体が存在をやめてしまうのだ」という存在論的な恐れを抱いている。

ウィリーからさんざん聞かされた来世「ティンブクトゥ」の存在を信じていたが、

もしそこがペット禁止だったら?とふと考えては不安と恐怖に襲われもする。

ウィリーとの別れの時を迎えたミスター・ボーンズが向かう先は、

新たに探し求める主人のもとか、ティンブクトゥか―。

それは読んでもらうとして、

主人が死ねば世界も消えると思う老犬ミスター・ボーンのその後の姿は

犬を飼ったことがある人には特に感じるものがあるのではないだろうか。

ティンブクトゥ (新潮文庫)

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祖父の死と自分の死

祖父が死んだ。

倒れて病院に運ばれたと聞いた時、慌てて駆けつけなくても大丈夫と母は言った。

今にして思えば、母自身、これは危篤なのだと認めたくなかったのだと思う。

認知症が進んでいたとはいえ、体は元気だとばかり思っていたからだ。

病室で対面した祖父は人工呼吸器をつけ、会話はできない状態だったが、

まだ辛うじて意識はあったのか呼び掛けには反応していた。

だから、このまま回復するのではないかとその時は誰もが思っていた。

祖母は人騒がせだねとさえ言っていた。

だが、そんな希望は翌日の医師の言葉で打ち砕かれた。

 

もって1か月と言われた1週間後に祖父は息を引き取った。

最初に見舞いに行ってから3日後には呼びかけに反応しなくなっており

亡くなるまでの日々は、ただ見守ることしかできない毎日だった。

 

会わせたい人がいれば連絡したほうがいいとか

連れて帰るときの服は用意しているかとか

そんな事を言われるたびに助からないのだと思い知らされた。

 

頑張って生きてほしいと願う一方で死んだときの準備を進めなければならない。

生き残るものの仕事なのだと言い聞かせて一つ一つを片付けていった。

 

穏やかな最期だったので横たわった祖父は今にも目を覚まし起き上がりそうだった。

火葬場で骨になった姿を見たとき、ただ眠っているだけじゃないのかなんていう

ぼんやりとした思いは打ち砕かれた。

 

正直、今でも祖父が死んだことが信じられない。

部屋に行って声をかければ、「おお」と返事をして出てきそうだ。

子煩悩で幼い頃から自分をかわいがってくれた祖父は

大学進学で実家を出て以来、年に数日しか戻れない自分の帰りをいつも待っていた。

 

生きているうちに、もっとできることがあったんじゃないか。

そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡る。

 

祖父の死という現実を突きつけられた瞬間

自分の体の一部が失われたような感覚に襲われた。

恐らく、祖父の中に生きていた自分が永遠に失われた瞬間だったのだ。

 

気持ちの整理をつけたくて書きなぐったけれど

死を受け入れるにはまだ時間がかかりそうだ。