気持ち悪い夢をみたというだけの話

「幸せ」な人は皆、こっそりと金魚を食べているのだとその声は言った。

金魚を食べさえすればお前も「幸せ」になれるのだと。

その瞬間に自分が二匹の金魚を口に含んでいることに気付く。

これを飲み込めば「幸せ」になれると言われたところで気持ち悪さしか感じない。

洗面所に駆け込んで口内に溢れんばかりの金魚を無理矢理に引き出した。

吐き出すはずみに金魚は水風船のように割れてシャツにオレンジ色のシミを作った。

 

という夢を見た。

感触が生々しくて、目覚めてからも気持ち悪さが残った。

この夢にどんな意味があるかは知らないけれど、

良い夢でないことだけは確かだろう。

 

気持ち悪い夢をみたというだけの話

「幸せ」な人は皆、こっそりと金魚を食べているのだとその声は言った。

金魚を食べさえすればお前も「幸せ」になれるのだと。

その瞬間に自分が二匹の金魚を口に含んでいることに気付く。

これを飲み込めば「幸せ」になれると言われたところで気持ち悪さしか感じない。

洗面所に駆け込んで口内に溢れんばかりの金魚を無理矢理に引き出した。

吐き出すはずみに金魚は水風船のように割れてシャツにオレンジ色のシミを作った。

 

という夢を見た。

感触が生々しくて、目覚めてからも気持ち悪さが残った。

この夢にどんな意味があるかは知らないけれど、

良い夢でないことだけは確かだろう。

 

気持ち悪い夢をみたというだけの話

「幸せ」な人は皆、こっそりと金魚を食べているのだとその声は言った。

金魚を食べさえすればお前も「幸せ」になれるのだと。

その瞬間に自分が二匹の金魚を口に含んでいることに気付く。

これを飲み込めば「幸せ」になれると言われたところで気持ち悪さしか感じない。

洗面所に駆け込んで口内に溢れんばかりの金魚を無理矢理に引き出した。

吐き出すはずみに金魚は水風船のように割れてシャツにオレンジ色のシミを作った。

 

という夢を見た。

感触が生々しくて、目覚めてからも気持ち悪さが残った。

この夢にどんな意味があるかは知らないけれど、

良い夢でないことだけは確かだろう。

 

気持ち悪い夢をみたというだけの話

「幸せ」な人は皆、こっそりと金魚を食べているのだとその声は言った。

金魚を食べさえすればお前も「幸せ」になれるのだと。

その瞬間に自分が二匹の金魚を口に含んでいることに気付く。

これを飲み込めば「幸せ」になれると言われたところで気持ち悪さしか感じない。

洗面所に駆け込んで口内に溢れんばかりの金魚を無理矢理に引き出した。

吐き出すはずみに金魚は水風船のように割れてシャツにオレンジ色のシミを作った。

 

という夢を見た。

感触が生々しくて、目覚めてからも気持ち悪さが残った。

この夢にどんな意味があるかは知らないけれど、

良い夢でないことだけは確かだろう。

 

読書記録『ティンブクトゥ』

犬が主人公の面白い小説なんだよと友人に薦められて読んだ。

これを読み始めたときは、祖父が肺炎に侵されていることなど知る由もなかった。

主人公は肺を病んで先行き長くない主人に寄り添う犬という設定のため、

祖父を亡くした今は、好んで手に取ろうとは思わない本になってしまった。

祖父は放浪の詩人ではないし、自分も犬ではないとはいえ。

 

そんな自分の感傷は横において、とりあえず読書記録を。

先に書いたように、主人公は犬で名前はミスター・ボーンズという。

肺を病み死期も近い放浪の詩人ウィリーに寄り添うミスター・ボーンズ。

問題は主人であるウィリーが亡くなった後、彼がどう生き抜いていくかだ。

彼は「世界からウィリーを引き算してしまったら、おそらくは

世界自体が存在をやめてしまうのだ」という存在論的な恐れを抱いている。

ウィリーからさんざん聞かされた来世「ティンブクトゥ」の存在を信じていたが、

もしそこがペット禁止だったら?とふと考えては不安と恐怖に襲われもする。

ウィリーとの別れの時を迎えたミスター・ボーンズが向かう先は、

新たに探し求める主人のもとか、ティンブクトゥか―。

それは読んでもらうとして、

主人が死ねば世界も消えると思う老犬ミスター・ボーンのその後の姿は

犬を飼ったことがある人には特に感じるものがあるのではないだろうか。

ティンブクトゥ (新潮文庫)

ティンブクトゥ (新潮文庫)

 

 

祖父の死と自分の死

祖父が死んだ。

倒れて病院に運ばれたと聞いた時、慌てて駆けつけなくても大丈夫と母は言った。

今にして思えば、母自身、これは危篤なのだと認めたくなかったのだと思う。

認知症が進んでいたとはいえ、体は元気だとばかり思っていたからだ。

病室で対面した祖父は人工呼吸器をつけ、会話はできない状態だったが、

まだ辛うじて意識はあったのか呼び掛けには反応していた。

だから、このまま回復するのではないかとその時は誰もが思っていた。

祖母は人騒がせだねとさえ言っていた。

だが、そんな希望は翌日の医師の言葉で打ち砕かれた。

 

もって1か月と言われた1週間後に祖父は息を引き取った。

最初に見舞いに行ってから3日後には呼びかけに反応しなくなっており

亡くなるまでの日々は、ただ見守ることしかできない毎日だった。

 

会わせたい人がいれば連絡したほうがいいとか

連れて帰るときの服は用意しているかとか

そんな事を言われるたびに助からないのだと思い知らされた。

 

頑張って生きてほしいと願う一方で死んだときの準備を進めなければならない。

生き残るものの仕事なのだと言い聞かせて一つ一つを片付けていった。

 

穏やかな最期だったので横たわった祖父は今にも目を覚まし起き上がりそうだった。

火葬場で骨になった姿を見たとき、ただ眠っているだけじゃないのかなんていう

ぼんやりとした思いは打ち砕かれた。

 

正直、今でも祖父が死んだことが信じられない。

部屋に行って声をかければ、「おお」と返事をして出てきそうだ。

子煩悩で幼い頃から自分をかわいがってくれた祖父は

大学進学で実家を出て以来、年に数日しか戻れない自分の帰りをいつも待っていた。

 

生きているうちに、もっとできることがあったんじゃないか。

そんな思いがぐるぐると頭を駆け巡る。

 

祖父の死という現実を突きつけられた瞬間

自分の体の一部が失われたような感覚に襲われた。

恐らく、祖父の中に生きていた自分が永遠に失われた瞬間だったのだ。

 

気持ちの整理をつけたくて書きなぐったけれど

死を受け入れるにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

病は気からと思う今日この頃

先日、四十になる前に死ぬのがちょうどいいとかなんとか書いた。

その時点で既に良くなかったのだけれど、現在も体調不良が続いている。

馬鹿は風邪をひかないという言葉の見本のようだった自分が、

毎週末になると熱を出し風邪の諸症状に苦しみながら寝込んでいる。

今週はついに平日も微熱が続いて日常生活にも支障をきたした。

体調が悪かったから死にたいとかいう気持ちが表に出てきたのか

死にたいとか考えているから体調が悪くなったのか

卵が先か鶏が先かのような思考に嵌っている。

病は気からというし、やはり後者だろうか。

味覚も失って食欲もなくなった今、

ただただ横になりたいと思うだけだ。

横になって永遠の夜を迎えてもいいとどこかで思っているけど、

これは風邪で弱った心身が思わせていることかもしれない。