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ブログを開設して2年が経ちました

というメールが届きました。プレッシャーを有難うございます。

削除しない限り何周年でも迎えることができますけどね。

 

毎日更新しているわけでもなく、明確なテーマがあるわけでもなく、

Webの片隅で駄文を垂れ流すだけのこのブログ、

正直なところ、削除してしまおうという気に何度もなります。

非公開で書いてもいいし、実際その程度の事しか書いていません。

でも、多分それじゃ続かないし治まらないんですね。

兼好法師が書いた『徒然草』の冒頭の「つれづれなるままに」は有名ですが、

序段の最後の「あやしうこそものぐるほしけれ」を思い出してみて下さい。

ちょっと、本文を引用します。

 

つれづれなるままに 日ぐらし 硯にむかひて

心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば

あやしうこそものぐるほしけれ

 

することもなく一日中硯に向かって、心に浮かぶ他愛ないことを

とりとめもなく書きつけていると、妙に気が狂いそうになる。

ざっと訳すとこんなところでしょうか。

注目してほしいのは「気が狂いそうになる」というところ。

要するに、これは誰かに読んでほしいということだと思うのです。

一人で書いて満足するなら「あやしうこそものぐるおしけれ」

なんて心境にはならないでしょう。

 

自分もブログを書くのは、自分という人間がWebの片隅にいることを

誰かに認めてほしい気持ちがあるからだと。

2年目を迎えるにあたって改めて考えてみました。

駄文なのは重々承知の上で、これからも更新していくことでしょう。

あしからず。

新版 徒然草 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

新版 徒然草 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

 

【余談】

手軽に読める『徒然草』で個人的に推薦したいのは、

角川ソフィア文庫から出でいる小川剛生訳注のものです。

現代語訳は直訳調で、補注・解説・年譜が充実しています。

本文はどの本でも大きな変わりはないと思いますが、

最近の研究成果が反映された点でもおすすめです。

主観で脚色された現代文で読んですませるよりも、

本文を味わい、かつ知識を補充しつつ読む方がお得でしょう。

 

自分のブログは読む価値はありませんが、

この『徒然草』は読む価値あいということで、

宣伝して終わります。

ちなみに定価1080円(税別)です。

 

 

2017年にやりたいこと

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

ダイエット

いや、これは「やらなければならないこと」

語学

そんなこといって、毎年挫折しているので最早ネタ

毎日更新

嘘です。毎日更新しても只の駄文量産だからな・・・

 

と、冗談を言うのは止めにして真剣に考えてみると

自分には「やりたいこと」がないような気がしてきた。

健康で穏やかな毎日を過ごせていたらそれでいいという

現状維持的自己満足。

自己欺瞞とも言えるか。

自分を変えたいと思っているにもかかわらず、

他方で変化への一歩を踏み出すのを恐れている。

homeostasis

 

とかなんとか格好つけたこと言ってないで

今の自分を変える努力をしないと

一生「一角の人間」にはなれない。

ファウストは軽蔑するけれど

Verweile doch! Du bist so schön.

叫んで死にたい気持ちも確かにある。

 

「2017年にやりたいこと」は、

たとえ今年死んだとしても後悔しないように生きること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

門松は冥土の旅の一里塚

めでたくもありめでたくもなし

 

昨日、フジファブリックの昔の曲を聞き返してからというもの

微妙に気分が落ち込んでいるのは何故だろうと考えていて

この狂歌を思い出したら何か腑に落ちた。

自分は無意識に「死」のことを考えていたんだと気づいた。

 

初夢は見たけど忘れた


フジファブリック (Fujifabric) - 若者のすべて(Wakamono No Subete)

 

夢が覚める瞬間に、この夢も目が覚めたら忘れると自覚する不思議な感覚。

予想通りに目を開けると、先刻まで見ていた夢を思い出せない。

2017年の初夢も、かくして吉凶を占う暇さえ与えられず消え去っていく。

人偏に夢と書いて儚いと読ませるのはなんと的確なのだろう。

 

誰かと過ごした温かな記憶が初夢の残滓。

できればずっとそのままでいたかった。

そんな思いだけが心に残ったせいか、

なんだか人恋しい気分になった。

 

正月2日というのにフジファブリックの「若者のすべて」を思い出したのは

きっとそんな気分のせいだ。

 

 

 

 

一年の計は元旦にありというけれど

あけましておめでとうございます

こんな中身のないブログでも一応のアクセスがあることに日々驚く私

何かを検索していて間違ってきてしまったというのが真相だと思うのですが

一応読んで下さる方もいらっしゃるのだと思うことにして一言御礼申し上げます

 

さて、年も改まり2017年(平成29年)となりました。

ここで一年の展望を述べたりできれば良いのですが、

残念ながら浅学の身にはそのような力もなく

元日より早速駄文を書き連ねております。

そもそも、一年の計は元旦にありというものの、

精進潔斎して若水でも汲みにいくような人間ならいざしらず

大晦日の夜にTVなどを見ながらだらだらと過ごしている人間は、

起きた時点で元旦(=元日の朝)は過ぎてしまっています。

昼近くまで寝たぼんやりした頭で一年の計なんか立てられるわけがありません。

せいぜい年末年始に食べ過ぎるからダイエットが必要だなとか思うくらいです。

まあ、ダイエットも計画性、実行力、継続性、忍耐力が必要ですから

それなりに大事な一年の計足りうるのですが。

でも、折角だからもっとこう格好いいものを一年の計にしたい。

結果、大ぶろしきを広げ大晦日に諦めの境地に至る。

そんな自分の姿が見えた2017年1月1日。

 

とりあえず、ブログを毎日更新するとか

内容のあるブログを書くとかいうのは無しの方向でいきます。

あしからず。

 

 

 

 

 

 

 

大晦日に思うことはいつも同じ

あと数時間で今年も終わる。

自分は追い詰められてようやく動き出すタイプの人間だ。

だから、年末になるとあれもやっていないこれもやっていないと焦る。

大掃除もそうで、計画的に少しずつ進めていればいいものを、

31日になって汚い部屋に後ろめたさを感じてから取り掛かるのだ。

今日も遅く起きて洗濯をすますと、掃除機をかけただけでは済まされない気になった。

やはり大掃除はしなければ。

そんな信念が今更ながらに生まれてきて、急きょ大掃除が始まった。

作業用に洋楽のオムニバスアルバムを聴きながら作業を進める

しかし、ひととおり掃除をしたところで残りは来年にしようと諦めた。

目標や計画を立ててそれに向かって邁進する。

そんな人間になりたいものだけど、今年もなれずに過ぎていく。

今夜一眠りして新年という明日が来たら

それっぽい「今年の目標」なんていうのを立てると思うが

来年の今日も、同じような記事を書いている気がする。

リアルタイムじゃないけどWham!は知っている


Wham! - Last Christmas

先日、Wham!ジョージ・マイケルさんが53歳で亡くなったが、

その死が判明したのが12月25日というのもなんともいえない。

Last Christmasはクリスマスの定番曲だから。

次から、この曲を聴くたびに、ジョージ・マイケルも死んだなと

二重の意味で切なくなりそう。

昨年、オーストリアのラジオ局のDJが、Wham!のLast Christmassを

24回も連続でかけ続けたことがニュースになった。

(人々がクリスマスの雰囲気にひたっていないからかけたとかなんとか)

あのDJは今頃どんな気分なんだろう。

24回もかけるくらいだから、きっと好きだったに違いない。