眠れないと思いながら眠る

眠ろうと思って明かりを消して横になると胸が苦しくなり

目が冴えてしまい少しの間眠れなくなるというのが続いている。

そのまま眠れないのであれば医者に相談しようと思うけれど、

あくまで「少しの間」なので気にしないことにした。

夜だけなので寝る前の行動に何か問題があるのかもしれない。

 

このまま眠れないんじゃないかという恐怖感に似たものがあって

正直あまり気持ちのいいものではないけど、

不眠症の定義にも当てはまらないから

相談したところで眠れているなら問題ないとなるだろう。

息苦しくなってそのまま息が止まるならいいんだけど、

中途半端に眠れなくなってなんか苦しかったなあと毎晩毎朝思うのも

それはそれで面倒くさくはある。

 

そういえば昔読んだドラえもんの話で、

眠れなくて困っている夢を見ている男が出てくる話があった気がする。

(かけたら眠くなる砂をかける砂男の道具をもってしても眠らない男が

実は夢遊病だったというオチの話だったと思う。)

砂男の砂が本当にあったらいいのになと思ったけど、

E.T.A.ホフマンの『砂男』みたいなのが来たら困るな。

と、くだらない事を考えたところで寝ることにします。

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

読書記録『セルバンテス短編集』

積読の解消を図ろうと本棚にある本を適当に取り出して

牛島信明の編訳『セルバンテス短編集』(岩波文庫)を読むことにした。

ドン・キホーテ』で有名なセルバンテスの短編から訳者が4作品を選んでいる。

編訳者が各作品のどこに面白さを感じているかは解説に記されているが、

解説から読むようなことはなく、まずはセルバンテスの語りに乗ってほしい。

 

饒舌なセルバンテスの語りが苦手な人や、

400年前の小説を「古臭い」と感じる人もいるかもしれない。

こればかりは相性というか好みもあるから、

手放しで読んで後悔しない名作と推すことはできないけど、

一度その語りに乗ったら(結末が予想できたとしても)

最後まで圧倒されながら読み進めてしまうことは間違いない。

 

「やきもちやきのエストレマドゥーラ人」

(新大陸で財を成し年老いてからスペインに戻った男は生来の嫉妬深さから

結婚を避けていたが若い娘を見初めて結婚を決めるのだが……)

「愚かな物好きの話」

(自分の妻が真に善良で貞淑な女であるか試したくて仕方がない気持ちに

捕らわれた男が無二の親友に妻を誘惑するように依頼するのだが……)

「ガラスの学士」

(学問を修めて学者として身を立てる野望を持っていたトマスだが、

彼に一目ぼれした女に媚薬入りの果実を食べさせられて……)

「麗しき皿洗い娘」

(裕福で家柄も良い二人の若者が遊学すると見せかけて放浪生活に

出ようとするが旅の途中で麗しき皿洗いの娘の噂を聞き……)

 

4話のうち「愚かな物好きの話」は『ドン・キホーテ』の挿話だが、

恥ずかしながら自分は全く覚えていなくて新鮮な気持ちで読んだ。

基本的に滑稽というか人の愚かしさを描いているのだけれど、

セルバンテスの描く〈ままならなさ〉みたいなのに自分は惹かれる。

やきもちやきのエストレマドゥーラ人は自らの嫉妬深さを自覚していたし、

愚かな物好きの男も妻を誘惑にさらして試す行為が間違っているとわかってた。

自分の行為がどういう結果を招くかを頭ではわかっていながら

それでもそうせずにはいられない哀しさみたいなものがそこにはある。

ガラスの学士は順調に運んでいた人生が媚薬をもられるという不測の出来事で

捻じ曲げられ、望みが果たせたようで果たせていない哀しみを感じる。

ただ、麗しき皿洗いの娘は他の3話と違って、ままならなさを感じない。

あえて探せば、自由と放埓を求めていた男がそれでいいのか?という、

落ち着かなさを感じてしまうくらいか。

どの作品も人の姿が立ち現れてくるような巧みさがあって面白かった。

久しぶりに『ドン・キホーテ』も読み返したくなってきた。

セルバンテス短篇集 (岩波文庫)

セルバンテス短篇集 (岩波文庫)

 

 

心配しても無駄

相変わらず良からぬ言葉が口をついてくる毎日だが、

精神的に不調(たとえばうつ状態)かといえばそうではなく

むしろ快調でさえある。

眠れないわけではないし

食欲もあるし、(体重も増えた)

本を読んだり、美術館にも行く、買い物にも行く。

むしろ意欲がありあまるくらいにある気がする。

こんな毎日ならなんの不満も不安もないじゃないか

と言いたいところだが、

消えてしまいたいという強い思いが

覆いかぶさってくる頻度も高まった気がする。

毎日が意欲的に遅れているのに

何故自分はそんな風に思ってしまうのだろう。

一人の時にふと口をつく暗い言葉に

やはりこれが本心なのかなと思うこともある。

人が側にいるのを忘れてふと口に出した時

慌てて「しまったな~」とごまかしたけど、

やっぱり本心なんじゃないかなと。

 

と、こんな人を心配させるようなことを書きながら

自分は今夜も普通に寝るだろうし起きたら普通に過ごすと思う。

思うというか間違いなくそう。

なのでご心配なく。

 

 

 

 

 

ダニー・ボーイと別れの話

録画していた「クリスマスの約束2017」を観ていたら

終盤でダニー・ボーイが歌われた。

聴いていたら途中で涙があふれてきて

今でもその気分を引きずっている。

番組では「戦争に家族を送り出さなければならないやりきれなさを歌った歌」

として紹介されていたけれど、自分が泣いたのはそこではない。

 

ダニー・ボーイの後半の歌詞は

ダニーが帰ってきた時、私は既に死んでいるだろうという想定になっている。

もし私が死んでいたとしても、埋葬されている場所を探してやってきて

ひざまずいて別れの言葉をかけてくれるだろうこと

私にはその時の静かな足音も聞こえるし

私を愛していると言うならばその墓所は温かく優しい空気になるだろうこと

ダニーがやってくるまで私は安らかに眠り続けるだろうこと

そうした待つ思いを歌っている。

 

自分が思い出したのは帰省を終えて実家を発つ時の情景だ。

高齢の祖父母にとってそれは今生の別れのようで

いつも目に涙を浮かべていた。

死に目には会えないだろうなあという言葉を何度聞いたことか。

いやいや次に帰って来る時まで元気でいてよと応えていたが

それはこちらの勝手な希望であったことを

祖父の死で思い知ることになる。

祖父の臨終には間に合ったけれど意識は既に混濁状態だったから

自分が帰ってきて側にいるとわかっていたかどうかは怪しい。

もしかしたらまだかまだかと待ち続けていたかもしれない。

倒れる数日前に祖父が気にしていたのは自分の次の帰省のことだったから。

 

ダニー・ボーイを聞きながら、

別れに際して祖父母はいつもこんな気持ちだったのだろうかと

歌詞が突き刺さってくるような気がした。

 

それともう一つ。

自分には子供がいない。

そんな自分が死んだあと、墓に会いにくるダニーのような存在はいない。

(甥や姪はいるけどどうだろうな)

死んだら死んだ後のことなんて気にならないよというかもしれないが、

なんとなくそれはそれで寂しい気もした。仕方がないけど。

だからなんというか、誰か会いに来てくれる人がいるといいなと

自分の葬式にはダニー・ボーイをかけてほしいなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喪とお正月

服喪といっても今や法律で定められたものではない。

かつての法律に従うとしても既に服喪期間は過ぎている。

(祖父母の場合は長くても6か月が目安らしい)

また、浄土真宗では喪という概念を採用しないという。

(葬式だけの付き合いとはいえ一応うちは浄土真宗

つまり、自分は今「喪中」ではないということになる。

新年おめでとうと言ってもいいし、

年賀状だって出していいし、

所謂お正月らしいことを楽しんでも何も問題はない。

ただ、だからといって何の迷いもなくそうできるかというと、

正直なところお正月を楽しもうという気にはならなかった。

しきたりだからとかそういうことではなく、

心境として意識的に「喪中」ということにした。

自分はまだ祖父の死を受け入れる途上にあって、

今はまだ心から喜ぶということができないのだ。

新年おめでとうというのは

一年生き延びてまた新しい年を迎えられて良かったね

ということであって、

まだ死を引きずっている人間には言えない言葉だ。

まあ、死を救いとみるならば

これでまた死に一歩近づいたねおめでとう

というふうに言えなくもないけど

それはそれで煩悩の塊の自分には素直に言えそうにない。

こんなことをぐるぐる考えながら三が日を過ごしていた。

門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし

お馴染みのこの狂歌が今年は特に心にしみる。

 

寝不足だとろくなことは考えないし死にたいといっても本当に死にたいわけではないというお話

自分はなにかあるとすぐ「あ~死にたい」と思うし、口にもする方だ。

(流石に人前では言わないけれど)

でも、実際に死にたいと思っているわけではない。

「穴があったら入りたい」とか「消えてしまいたい」に近い意味で使っている。

要するに、理想通りにいかない自分に耐えられない

そんな気分になった時に「死にたい」と口にしているのだと思う。

だから、人生が思い通りに運んでいれば長生きを望みさえするだろう。

では、今はどうなんだと言われると迷うところではある。

叶えたい夢があるわけでもなく、見守りたい子孫がいるわけでもなく、

ただ生きている今から離れたところで問題ない気もする。

こんな考えになるのは寝不足のせいだ。

最近、これも寝不足のせいで肋間神経痛がよく起きるのだけど、

これは大病の前兆ではなくただの神経痛だということに、

安心する自分と落胆する自分の両方が存在する。

これでもう何にも煩わされず楽になれるという期待と、

でも本当に死ぬのだとしたら悔いはないのかという迷い。

その間で揺れ動く自分を感じる。

 

先日読んだ『歎異抄』の第九条を思い出した。

浄土が素晴らしいところで、浄土を信じ念仏すれば往生できるというのに、

それを喜ぶ気持ちも、一刻も早く浄土へ行きたいと思う心が起きないのは何故か。

唯円の困惑と親鸞の答えが第九条には書かれている。

親鸞は自分も唯円と同じ気持ちであることを伝えたうえで、

それは全て煩悩のせいであり、そんな自分を救うために阿弥陀仏は本願をたてた。

そう思うとますます心強く思われるというのだという。

続けて親鸞は言う。

浄土へいそぎまいりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、

死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。

久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、

いまだむまれざる安養の浄土はこひしからずさふらふこと、

まことによくよく煩悩の興盛にさふらふにこそ。

なごりおしくおもへども、娑婆の縁つきて、

ちからなくしてをはるときに、かの土へはまいるべきなり。

早く浄土へ行きたいという気持ちがなくて、少しでも病気にでもなれば

死ぬんだろうかと心細く思うのも煩悩のせい。

久遠劫もの長い間流転し続けてきた故郷のようなこの世は苦悩があっても捨てがたく、

まだ生まれたことのない安らかな浄土は恋しく思えない。

よくよく煩悩が盛んであることだ。

名残惜しいと思っていても、この世の縁が尽きてどうにもならなくて死ぬときに

浄土へ行くはずなのだ。

 

これは阿弥陀如来の本願を信じ念仏しているはずなのに、

どうにも迷いがあると悩む人に向けられた言葉ではあるけれど、

中途半端な死にたがりの自分にも刺さる言葉だ。

この世に未練はないいつ死んでもいいと悟ったようなことを言うけど

お前は本当に悟ったわけではないだろう。

迷いがその胸にあるだろう。

そう言われている気がする。

「なごりおしくおもへども、娑婆の縁つきて、ちからなくしてをはる」

ああ、まだ死にたくない そう思いながらもどうにもできず死ぬ

これが自分の最期なんだろうなと思う。

 

萩原朔太郎は「自殺の恐ろしさ」という散文詩に、

自殺するのが恐ろしいのでも、死の瞬間の苦痛が恐ろしいのでもなく、

例えば高層ビルから飛び降りた瞬間に生の意義を知って後悔することが恐ろしい

というようなことを書いている。

世界にはまだ希望があり自分は生きるべきなのだと気づいても、

もう飛び降りてしまったのだから取り返しがつかない。

悔みながらも死ぬしかない。そんな恐怖。

 

ああ、自分にもこの恐怖があるなと思う。

だから自殺はできない。

すっと眠るように死んでしまいたくても

そんな死はそうそうない。

病気とか老いとかいろんなことに恐怖を感じつつ

(しかも自殺にまで恐怖を感じつつ)

それでももがいて生きるしかないんだなと。

親鸞唯円にはここで阿弥陀如来の本願という救いがあった。)

 

だから、今死にたいという言葉が頭の中をぐるぐる回っているけれど

これは寝不足のせいで、ちょっと疲れていてそうなっているだけなんだと

改めて思ったところで寝ることにします。

おやすみなさい。

 

 

 

 

 

読書記録:小川剛生『兼好法師 徒然草に記されなかった真実』

「・・・・・・吉田、って誰」と兼好法師が呟く遊び心のある帯ですが、

中身は遊び心とは無縁の大変手堅い内容となっています。

同時代資料を駆使し当時の制度・慣習にも目を配ることで、

兼好法師の真の姿を描き出すことに成功した良書です。

 

しかし、徒然草って何?兼好法師って誰?という方が読むと

情報量の多さに溺れそうになると思うので、

そういう方には先にこちらを読むことをおすすめします。

話の前提として従来いわれてきた経歴を本書から引用するとこんな感じ

「京都吉田神社の神官を務めた吉田流卜部氏に生まれた」

村上源氏一門である堀川家の家司となり、朝廷の神事に奉仕する下級公家の身分」

「堀川家を外戚とする後二条天皇の六位蔵人に抜擢され、五位の左兵衛佐に昇った」

この経歴を根拠に、出家した一因や『徒然草』の解釈がなされてきた。

ところが、この出自が「結果として造られた虚像であった」ことを筆者は説く。

そもそも天皇身辺に奉仕し公家と日常的に接する立場の人間であれば、

同時代の日記・記録に何らかの記載が残るはずであるのにそれが見られない。

この点への疑問からスタートし、当時の制度・慣習に照らしながら、

卜部家出身の兼好が天皇の側近く使える身分にはなりえなかったことを指摘する。

そもそも前記の兼好の伝記の根拠である吉田神社の吉田流卜部氏の出であること自体

「兼好一家を掲載する系図は、吉田家がその歴史を粉飾し、鎌倉時代の数少ない

有名人であった兼好を一門に組み込んだ、捏造である」ことを断ずる。

吉田兼好」なる人物を捏造したのは室町中期の当主にして著名な神道家、

兼倶(1435~1511)なる人物の企てたことで、「「吉田兼好」とは兼倶のペテン

そのもの」であり「五百年にわたって徒然草の読者を欺き続けた」ことを明らかにする。

その証明と、真の兼好の姿を明らかにするために費やされた第二章から第六章は、

同時代の社会の姿を映し出して大変面白いので是非じっくりと読んでほしい。

個人的には第二章「無位無官の「四郎太郎」―鎌倉の兼好」での、

金沢文庫古文書』の分析が興味深かった。

簡単に言うと紙が貴重だった当時は、手紙を再利用してその裏に経文などを書写することがあった。

その元来の手紙側を復元し、差出人や年代を推定し整理したものがこの文書(十九冊に及ぶ)。

これを調べると「兼好」「卜部兼好」「うらへのかねよし」という人物が出てくる。

そこから兼好の本来の素性・母や姉の存在、父の素性など実際の家族が浮かび上がらせていく。

このあたりも自分の下手な読書記録ではうまく説明ができないので是非読んでほしい。

筆者も述べているが第二章を読むと、この分析を支える資料を提供する金沢文庫の長年の研究活動に頭が下がる。

面白い研究、華々しい成果の裏には、地道な研究があることも思い出させてくれる。

 

兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)

兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)