読書記録:アントニオ・タブッキ『供述によるとペレイラは・・・・・・』

イタリアの作家アントニオ・タブッキの作品。

1938年のポルトガルが舞台となっている。

1938年といえば、ナチス・ドイツオーストリアを併合した年で、

日本では国家総動員法が施行された年でもある。

リスボンのリシュボアという新聞の文芸面を担当しているペレイラは、

偶然手にした雑誌で、リスボン大学を優等で卒業したという

フランセスコ・モンティロ・ロッシなる人物の卒業論文の一部を目にする。

死について思索した文章にひかれたペレイラはモンティロ・ロッシに電話をかけ、

文芸面にコラムを書く契約社員を探していると話し彼と会うことにする。

このモンティロ・ロッシとの出会いがペレイラの運命を変えることになる。

 

「供述」という言葉からペレイラが立たされる状況は予測がつくのだが、

どのような経緯を辿り、どんな出来事の末に「供述」する立場となるのか、

怖いもの見たさに似たような感覚とともに引き込まれるように読んでしまった。

 

モンティロ・ロッシの卒論は今でいう「コピペ」で、

フォイエルバッハ等の書いたものを写しただけというし、

この若者に任せていいのかと疑問を抱きながらも、

ペレイラは試しに彼にある作家の追悼文を書かせることにする。

案の定モンティロ・ロッシの書いてきた追悼文は、

政治的で扇動的でとても載せられるような代物ではなかった。

ここで彼をくびにすることができたのに、

実際ペレイラはそのつもりでいたのに、

供述によるとペレイラは青年に手を差し伸べる。

何故かは「供述」の中では明らかにされていない。

そうして次々とモンティロ・ロッシが持ち込む面倒ごとに巻き込まれていく。

 

ペレイラは数年前に妻を肺病で亡くした、肥満体で心臓病と高血圧をわずらい、

肉体の復活だけは信じられないが普通のカトリック教徒だ。

(妻との間に子供はできなかった。)

彼の勤めるリシュボア紙は、国家警察が社会主義者の市民を虐殺した事件を

載せる勇気もない新聞社。

そんなペレイラが「供述」する立場になるに至るまでを是非読んでほしい。

 

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

 

 

 

もやもやして読書ができない時と『アイデア大全』

なんとなくもやもやするというか、

胸の奥にたまった何かを出してしまいたい気分だけど、

どうしたらいいのかわからなくて困っていた。

こういう時は、小説などを読んでも入り込めない。

読書が思うようにできなくなる。

正体不明のもやもやを言語化できたらすっきりするんじゃないかと、

その方法を求めて読書猿さんの『アイデア大全』を手に取ってみた。

自分はクリエーターでもなんでもないが、

ここに収められた「発想法」は心の整理にも役立つと思う。

例えば02のフォーカシングは「言葉にならないものを言語化する汎用技術」

と紹介されているが、心理療法の中で発展した方法らしく、

自分の内側に意識を集中し、もやもやを言語化するものだ。

ざっくり説明すると、楽な姿勢になって自分の体に意識に集中する。

体で感じ取った「何か」の感覚に名前を付け、その名付けたものと対話していく。

スタンフォードの自分を変える教室』の第1章でも5分間の瞑想と

自分の意識に名前をつけることを推奨していたので、

自分にとっては入りやすい方法だった。

結局もやもやは何だったのかはここには書かないが、

正体不明の気持ち悪さを抱えている状態からは脱することができた。

集中するのが難しい時は06で紹介されたランダム刺激がいいと思う。

抱えている問題とは無関係な刺激を受け取り自由に連想するこの方法、

例の一つとしてランダムに引いたタロットが挙げられているが、

ワンオラルクは確かに自分と向き合う時に適している。

連想するなかで自分の中の引っ掛かりがあぶりだされるのでお試しあれ。

 

9月が終わる焦りと自分を変えたい欲求

今日で9月も終わる。

来年のカレンダーや手帳が既に店頭には並んでいる。

2017年を迎えてから今に至るまで自分は何をしていただろうか。

ぼんやりしているうちに今年も3か月しか残っていないという恐怖。

自分はこうして漠然と年を重ねては後悔してきた。

ほら今年もお前は何しなかったじゃないかと嘲笑う声が聞こえてきそうだ。

今からでも間に合う何かしなければと焦る気持ちが頂点に達した時、

目についたのがこれ

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

スタンフォードの自分を変える教室 (だいわ文庫)

 

随分前にこれでも読んだらと薦められたのに放置していた。

胡散臭い自己啓発本の類じゃないのと受け取りながら思っていたからだ。

そんな本を手に取って読もうと思うくらい自分は変わりたいと思っているのだ。

だらだらと過ごして積読本を徒に増やし後ろめたさを募らせていく毎日を変えたいと。

 

本の構成としては10週間で10の講座を受講する形をとっているので

1章ずつチャレンジしていく形になっている。

とりあえず1章だけを読んでみたが、なかなか面白い。

騙されたと思って試してみる価値はありそうだ。

 

なんだろうこの感覚。

何か発心に近いものを感じる。

明日自分が死ぬとしたら後悔するなと思っただけなんだけど。

明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは

の心地。

秋の物思いとお彼岸

春のお彼岸の頃に祖父は亡くなった。

あれからもう半年経つのかと不思議な気持ちで秋のお彼岸を迎えた。

秋の涼しさとお彼岸という行事が相まってなんとなく物思いにふけってしまう。

お彼岸に合わせて売られているおはぎを見ても、

甘いものが好きだったなあ、買って帰ったら喜ぶだろうなあ、

いやもう死んでるから食べられないんだ―という感じで思いが巡る。

もう半年のようなまだ半年のような。

整理したはずの気持ちが乱れる。

書くことでまた整理をしようと思うのだけれど、

同時にそれは祖父の死という現実を改めて見ることでもある。

 

 

読書記録『歎異抄』

歎異抄の詳しい内容や解釈などをお求めの方は

ご期待には添えませんのでお帰り下さい。

 

神も仏も信じていなかった祖父ではあるが、

今は阿弥陀如来の導きによって浄土へ往生したということになっている。

本人は人間死んだらそれまでだと言っていたが、遺された身としては

祖父は浄土にいて死ねばまた会えると思っていた方が心が休まるものである。

そういう点では、自分は仏教に助けられていると言っていいだろう。

祖父が亡くなるまで自分の家が浄土真宗とも知らずに育ったわけだが、

改めてそうなんだと言われるとどんな宗派なのか気になりはじめ、

おぼろげな記憶で浄土真宗といえば『歎異抄』と思いつき、

薄さにつられて読むことにした。

 

歎異抄』は親鸞の死後に弟子が記したもので、様々な異説を嘆き、

本来の教え*1を改めて説いている。

今では「他力本願」というと、自分で努力せずに何でも人任せにするという

悪い意味で使われがちだが、本来は広く衆生を救おうという阿弥陀如来の本願を言う。

その本願を信じて念仏することが大事と説く中で印象的だったのが以下。

念仏は、まことに浄土にむまるるたねにてやはんべるらん、

また地獄におつべき業にてやはんべるらん、総じてもて存知せざるなり。

たとひ法然聖人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、

さらに後悔すべからずさふらふ。

                (『歎異抄岩波文庫42頁1~4行)

念仏をすれば本当に往生できるのかどうか疑う人に対し、知らないと言ったうえで、

自分はたとえ法然に騙されていて、念仏して地獄に落ちても後悔しない

と言い切るのが凄い。

どのような修行をしても仏にはなれないのであれば、

いずれにしても地獄が住処なのだろう(「とても地獄は一定すみかぞかし」)。

だから自分は阿弥陀如来の本願を信じて念仏する。

信じるか信じないかはあなたの自由ですよという。

というようなことも続けて述べているが、これは覚悟の現れであろう。

(なんとなく、この人が流罪の憂き目に遭うのわかる気がする。

こういう覚悟を持った人が自分と対立する側にいたら怖いでしょう。)

第一章に阿弥陀如来の本願は「罪悪深重、煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願」

とあるが、親鸞もまた自分を「罪悪深重、煩悩熾盛」の人間と思っていたのだろう。

どんなに修行しても仏になることはできない。そんな人間が唯一救われる道が、

阿弥陀如来を信じ念仏する道だと。

 

次はどうでもいいことですが、気になったことをメモしておく。

親鸞は、父母の孝養のためとて、一返にても念仏まうしたること、

いまださふらはず。そのゆへは、一切の有情はみなもて世々生々の

父母兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏になりて

たすけさふらふべきなり。 

                           (同 48頁)

七回忌を前にお寺の方から、法要は亡くなった方のためではなく、

生きている皆様の為にすることだと言われたけれど、それと繋がる。

最初に言われた通り、亡くなった時点で祖父は阿弥陀如来の力で

往生しているのだから救ってもらうための読経はいわないことになる。

では、生きている人間はなんのためにお経をあげるかというと、

家族の死を機会に仏縁を結び自らが救われるためであると。

自らが仏になることでまた他人をも救うことができるのだから、

そのことを一念に思うべきであるということだろう。

でも追善したいと思うのが一般的だから、とりあえずお寺としても

初七日とかお盆とかやっているということなんでしょうかね。

他にも気になることはいろいろあるけど、最後にこれをあげておく。

専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の

さふらふらんこと、もてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人も

もたずさふらふ。そのゆへは、わがはからひにて、ひとに念仏を

まうさせさふらはばこそ、弟子にてもさふらはめ、ひとへに弥陀の

御もよほしにあづかて念仏まうしさふらふひとを、わが弟子と

まうすこと、きはめたる荒涼のことなり。

                            (同50頁)

要するに、専修念仏を志す人が、自分の弟子だ人の弟子だと拘るなということ。

自分の力でその人が念仏をするようになったのなら話は別だけれども、

それも全て阿弥陀如来の力なんだからぎゃあぎゃあ言うなと。

自分には弟子はいないと言い切られると、弟子の側は複雑な心境になりそうだけど、

とりあえず、現代に「浄土真宗」という宗派が浄土宗と別にできていることを

親鸞はどう感じているのか気になるところであります。

色々くだらないことを考える暇があったら往生を信じて念仏しなさいと

ただ怒られる気もしますが。

 

ちなみに今回は積読本の中からとったので岩波文庫で読んだけれど、

角川ソフィア文庫の方が現代語訳がついていて読みやすいと思う。

親鸞の書に『教行信証』とかがあるそうですが、そこまで手を伸ばす余力が

今のところなさそうなのでまた気が向いたら読むかどうか考えよう。

歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

歎異抄 (岩波文庫 青318-2)

 

 

 

新版 歎異抄―現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

新版 歎異抄―現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

 

 

*1:あくまで『歎異抄』作者の考える真説であって、親鸞の教えそのものかは別問題。

お盆の帰省と遺影について

ようやく帰省の疲れもとれてきたのでブログを書くことにした。

今年は祖父の初盆のため、久しぶりにお盆シーズンの帰省となった。

実家で長く過ごしたせいか、こちらに戻ってきた時、

「思えば遠くへ来たもんだ*1」が頭で流れるくらいには疲れていた。

本当に、なんでこんな遠くで暮らすことになったのか。

閑話休題

 

13日はお経をあげに御院家さん*2が来るので、12日に墓参りに行って掃除等をした。

日当たりの良い場所に墓はあるため花も暑さで三日ともたない。

墓石も熱せられていて、真夏の墓掃除はなかなかの重労働に思える。

襲い掛かる蚊も寺の敷地内だし殺生はいかんかと耐えた。

こんな暑いところにいないで涼しいところで過ごそうと祖父を迎えに行ったが、

この暑さでは迎えるまでもなく帰ってきていたかもしれない。

 

仏間にはお供えが所狭しと置かれていて、本人不在が不思議に思えてきた。

甘いものが好きだったけど、好物の落雁もお菓子ももう食べられないのかと。

お盆だから魂は帰ってきているといっても姿が見えないのだからしょうがない。

デイサービスに行っていていないんじゃないんだよなと改めて思った。

ふと見ると仏壇の側には遺影とは別に祖父の写真が飾られていた。

通っていたデイサービスの施設で撮ったもので、職員さんが持ってきてくれたらしい。

はにかんだ表情のものだ。見ると、ああこれが祖父の笑顔だと思って涙が出てくる。

祖父の遺影は結婚式の記念写真からとったもので少し硬い表情をしている。

叔母などは、スナップ写真の方を見て、こっちの方がおじいちゃんらしいと言うが、

遺影の写真がもしこの笑顔だったら、目にするたびに泣いてしまう気がした。

笑顔の写真は、生きてその顔を二度とみられないことを思い知らされる。

去年はこの笑顔で迎えてくれたよななんて思ったら、抑えられていた別離の悲しみが

またこみ上げてきて平静を装っていられなくなる。なにせまだ半年だっていないのだ。

だから遺影は少し硬いくらいの表情でいい。

ちょっとよそよそしく距離があったほうが、見ているこちらも距離が取れる。

 

 

 

*1:武田鉄矢の曲の一節。一応断っておくがリアルタイムの世代ではない。

*2:うちでは浄土真宗の僧侶をこう呼ぶ

読書記録『げんきな日本論』

(以下、内容には踏み込んでいないので、詳しい内容を知りたい方、

精緻な分析を求めている方は他をあたって下さい)

 

橋爪大三郎大澤真幸の対談本。

この本は先ず帯を外すことからお勧めします。

「日本ってこんなにおもしろい!」は、百歩譲って好意的に考えて、

日本について思いを巡らしたこともない人へ向けて書いていると思えばまあ許せる。

でも裏の「なぜ日本人は、かくも独自の文化を生み出せたのか?」は無理。

なんとも今流行りの薄っぺらい日本礼賛本の類についていそうな言葉だ。

「はじめに」で橋爪は、日本人の日本に対する自己評価が二十一世紀になるとV字回復するのを

 

僕は、これは、むしろ極端に自信を喪失していることの裏返し表現と見ています。考えてみると、ほんとうに自信がある人は意外と謙虚です。逆に、自信が極端になくて不安なとき、人は過度に自信がありそうなそぶりをみせたり、からいばりしたりする。二十一世紀になってからの日本人は、まさにこれ。

 

と言っているのに、「こんなに」とか「かくも」とか着けてしまうセンスを疑う。

そんな根拠のない過度の自信から脱却するためにあるのが本書じゃないの?と。

以上、帯への悪口でした。

橋爪大三郎が提示した18の疑問を大澤真幸と考えていくという対談で、

その疑問に明確な答えが出されていくというわけではなく、

「なぜ?」をあぶりだしてくる感じでしょうか。

日本の歴史をテーマにしているので、日本史を専門とする人から見たら、

突っ込みどころもあるでしょうが、とりあえずぐっとこらえて読みましょう。

社会学者が二人して日本の歴史ってなんでこうなんだろうねと捏ね繰り回して、

こういう姿ができたんですけどどうでしょうという提起をする本だと思って。

そう思って読むと、これはこれで面白く読めます。

橋爪と大澤から見ると日本の歴史はこんなふうに見えるんだといったくらいに。

歴史学専門の人が一人加わって、最新の研究とかを補いながらの鼎談だったら・・・

と欲を言えばきりがないんだけど、この二人の対談というのが売りだろうし仕方ない。

あくまで社会学者が考える日本論なので、歴史学的に引っかかっても、

居酒屋でおじさんが楽しそうに語り合っているなあという優しい見守りの目で読み、

各論の検証を個々人で行って議論を深めていけばいいんじゃないかと。

書名は『げんきなふたりの日本論』の方があっているかもしれない。